向井亜紀 うんちく情報のおすすめ!


向井亜紀 うんちく情報のPick Up!

向井亜紀(むかい あき)のプロフィール
本名 高田 亜紀(たかだ あき)
生年月日 1964年11月3日
血液型 A型
身長 170cm
趣味 グルメ サイエンス 健康に関すること
学歴 日本女子大学家政学部を中途退学
出身地 埼玉県大宮市
ジャンル 女優・タレント
家族 夫はプロレスラーの高田延彦

向井亜紀の概要

父親は医師、母親は化学の高校教師で、実家は耳鼻科医院。
埼玉県立浦和第一女子高等学校時代は新体操の選手だった。
ミスDJリクエストパレードでデビュー。アイドルとしてグラビア・写真集で活躍。
  トレンディードラマなどにも出演。
1985年に「TVプレイバック」(フジテレビ系)のレギュラー回答者として出演。
1994年、プロレスラーの高田延彦と結婚。夫婦共に無類の酒好き。
2000年9月、妊娠発覚と同時に子宮頸癌が発見される。
  妊娠16週(妊娠5ヶ月)の時に妊娠継続をあきらめ、
  同年11月21日広汎子宮全摘出手術を受ける。
  同年12月19日、定期検診の大切さを涙ながらに訴え一躍時の人となる。
  この闘病に関しては著書「16週 あなたといた幸せな時間」
  (扶桑社 2001年)に詳しく、その内容は同題で漫画家折原みとによるコミック化、
  フジテレビで向井亜紀役に松下由樹、夫・高田延彦役に加勢大周の配役で
  テレビドラマ「会いたかった ~向井亜紀・代理母出産という選択~」も製作された。
2002年8月、「(夫である)高田の優秀な遺伝子を残したい」との理由で
  代理母出産依頼のためアメリカ合衆国・ネバダ州へ渡る。
  この8月、12月と2度、体外受精・代理母サンドラの胎内に入れ着床を試みるが失敗。
翌年2003年、新薬による成果で「奇跡的に」卵子が3つ採卵でき、
  新しく組んだ代理母シンディの胎内に体外受精卵をいれ、2つの受精卵が着床成功。
  同年11月、代理母シンディの帝王切開出産により、双子の男児を授かる。
2004年1月22日、夫妻揃って東京都品川区役所に双子の出生届を提出。
  届は出産していない向井を「母親」とする「実子」とするもので、
  分娩(ぶんべん)者を母親とする日本の戸籍法の解釈から区役所側は
  法務省に判断を仰ぐとしてこの日は書類を受理せず、「預かり」の形となった。
  これに関し、向井は「すべてを(役所の)対応にまかせます。
  2人がすくすく育ってくれれば、(国籍や戸籍上の関係が)どうなろうと、
  家族が同じ地球の上に一緒にいることには変わりない」とインタビューに答えた。
  また子供たちの国籍の取得に関しても「日本国籍を留保する」ことを選び、
  その理由として高田は「日本人の父または母の下に生まれた子供にある
  国籍の選択権を子供たちにまかせられるようにした」と説明した。
  向井も「海外で子供を産んで、アメリカ国籍を子供にプレゼントするのも
  案外流行していますから」と付け加えた。
2004年6月、双子の出生届は不受理に。法務省は「日本では産んだ女性が母親。
  向井さんを母とは認められない」と指摘。しかし、「日本国籍は認める。
  養子とする方法もある」などとして、子供の国籍は認め、かつ子を養子に
  入れることを薦め、向井らに出生の経過についての書類の提出を求めた。
  向井は5月13日に更新した自身のHPにおいて「担当官に今日も面談を拒否され、
  どんどん省庁不信になっていく今日このごろです。またまたひっどい発言があった」
  「いつか法務省とのやり取りを実名入りで 詳しくまとめて自費出版します。」
  などと不信感を露わにした。
向井・高田夫妻は出生届不受理決定を不服とし、
  東京家裁へ処分取り消しを申し立てるが、翌年2005年11月、東京家裁は
  申し立てを却下。向井側が東京高裁に即時抗告した。
  この理由について向井は自身のHPで「実母として認めてほしいとは言っていない。
  子供たちに説明できる納得のいく(不受理の)理由を教えてほしいだけだ。」
  と語っている。
2004年7月25日、「妊娠・出産をめぐる自己決定権を支える会」の依頼で都内で講演。
  これを取材したTBSは深夜のニュースと翌7月26日早朝の「ウォッチ!」の中で
  計3回にわたって報道、講演内で向井が発言した「産みの親より育ての親」
  「分娩(ぶんべん)しただけの人が親といえるでしょうか」というコメントを
  取り上げた。しかし、この発言は言葉を切り取って編集したものであり、
  講演会での発言内容とはまったく異なるものになっていた。
  オンエア後、この発言に批判が寄せられたため、向井は自身のホームページで
  「(発言は)前後の脈絡をまったく無視した編集によるもの」と説明、TBS側に抗議。
  同年7月27日づけ、自身のHPのダイアリーで、謝罪に訪れたTBS記者、
  その上司である部長の実名もHPで公表。
  この出来事に傷ついたとして同年8月2日、HPの休止を宣言したが、
  その後も数回にわたり書き込みの追加・更新を行う。
2004年8月、講演内容を真意とは違う意味にとれるように編集し放送され
  精神的ダメージを受けたとして、TBSに謝罪などを求めて東京地裁に
  名誉毀損に基づく損害賠償請求を提訴した。
  2005年12月27日、東京地裁はこの請求を棄却、向井側の一審敗訴となる。
2005年9月、新しく公式サイトとしてブログを立ち上げる。
2006年9月29日、東京高裁は「子供の福祉の観点」「米国の確定裁判を承認すべき」
  との理由により、品川区役所に出生届受理命令の判断を下す。
  同日、向井はこの判決について「区側が上告する可能性もあります」としながらも
  「嬉しい」との素直な気持ちを告白。
2006年10月6日、法務省は、上記東京高裁の判断について「我が国の従来の考え方と異なり、
  問題が残っている」「(法解釈では)出産した女性を母親とする」
  「議論を深める必要がある問題だ」として最高裁判所の判断が必要と
  不服申し立てをするよう品川区役所に指示。
  同月10日、品川区役所によって、許可抗告が申し立てられた。
  これにより、代理出産により生まれた双子の出生届受理に関する結論は
  最高裁へ持ち込まれた。
2006年10月25日~血尿の為入院。2005年の夏の検査から細胞診
  (ガン細胞があるかどうかの検査)にてクラス4の陽性も出ていたため、
  右腎臓摘出手術を受ける。
  右尿管にいれていたステントの癒着が酷く、大腿部からの血管移植など
  10時間に及ぶ大手術となった。
  同年11月11日退院。自宅療養後、同年12月3日、声優をつとめた映画
  「ふたりはプリキュア Splash Star チクタク危機一髪!」完成披露試写会で
  仕事復帰を果たす。
2007年3月23日、最高裁は、「立法による速やかな対応が強く望まれる」としながらも、
  東京都品川区の出生届の受理を命じた東京高裁決定を破棄し、
  受理は認められないとする決定をした。
  これにより、向井夫妻側の敗訴が確定した。

向井亜紀の出演

向井亜紀の出演映画
『映画ふたりはプリキュア Splash Star チクタク危機一髪!」(2006年)
   本人役で特別出演。

向井亜紀の出演テレビドラマ
『世にも奇妙な物語 通勤電車』(1991年、フジテレビ系)
『親愛なる者へ』(1992年、フジテレビ系)
『会いたかった ~向井亜紀・代理母出産という選択~』
  (2007年3月2日、フジテレビ系)コメント出演

向井亜紀の出演Vシネマ
『ダイハードエンジェルス 危険に抱かれた女たち」(1991年)
  出演:秋本奈緒美、向井亜紀、桜樹ルイ、星遥子、飯島直子』
『ダイハードエンジェルズ2』監督: 沢田アーサー貢
  出演: 秋本奈緒美、飯島直子、向井亜紀、桜樹ルイ

向井亜紀の出演バラエティ
『レッツ!』(2001年4月 - 2002年3月、日本テレビ系)司会
『朝だ!生です旅サラダ』(朝日放送)司会

向井亜紀の書籍

『家族未満』(ISBN 978-4-09-379747-4)
『16週 あなたといた幸せな時間』(ISBN 459403084X)
『プロポーズ 私たちの子どもを産んでください。』(ISBN 4838714084)
『会いたかった 代理母出産という選択』(ISBN 4344004558)
『おしゃべりなからだたち 向井亜紀式交友録』(ISBN 4575291366)

向井亜紀の写真集
『褐色のままで」1988年(ISBN 4847020693) 谷口征撮影/出版:ワニブックス
『向井亜紀 Memories」1989年(ISBN 4764815699) 鯨井康雄撮影/出版:近代映画社

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